ディープテックスタートアップの成長を支援することを目的とし、主にプレシード期、若しくはシード期のディープテック系スタートアップを対象として、総合的な成長サポート(メンタリング、マッチング、経営スキル研修等)を提供する愛知県主催のプログラム「Aichi Deeptech Launchpad」(以下、ADL)。 2025年度のアクセラレーションプログラムと並行し、過去に参加したスタートアップの現在に迫るインタビューを掲載します。今回は、2024年度のADLにご参加いただいている「株式会社フレンドマイクローブ」の代表取締役社長 蟹江純一さんにお話を伺いました。

株式会社フレンドマイクローブ

微生物で世界を変える

微生物とその酵素には無限の可能性があります。微生物は人の体内から深海まで地球上のあらゆる環境に適合できるため多様性に富んでいます。そのため微生物は人工物を含む多様な化合物を分解・合成できる可能性を秘めているのです。

私たちは、これまで当たり前に焼却処分されていた産業廃棄物を、我々の技術=微生物の力で分解することで削減します。将来的には、遺伝子工学や化学工学などを応用し、産業廃棄物を原料として有用物質を生産することで、持続可能な循環型社会の実現を目指しています。

一般的に、鉱物油・動植物油は微生物にとって分解しにくい物質と言われています。近年、これまで微生物による分解が難しいとされてきたいくつかの物質についてその分解が報告されています。代表的なものでは、プラスチックを分解できる微生物が見つかったり、当社の研究成果では、カーボンナノチューブについても微生物によって分解できることがわかっています。

公式ウェブサイト:https://friendmicrobe.co.jp/

微生物のパワーで、環境に優しく油を分解する

—— 「微生物で世界を変える」というビジョンの中で、貴社は特に油の分解に特化した事業を展開されています。まずは、油分解事業に関してお聞かせいただけますか。

油を多く含んだ料理を食べると、お腹を下したりしますよね。それは消化器官がダメージを受けるからなのですが、フレンドマイクローブが提供する食品工場の排水処理は、「工場の事業活動における“消化器官”」の役割を持ちます。

食品工場の排水処理設備では、工場から出た余分なものを分解する重要なプロセスがあります。しかし、ここに多くの油が入ると、そのプロセスの働きに悪影響を及ぼしてしまいます。

悪影響を及ぼさないように、この油を取り除かなくてはなりません。人間が腸内環境を整えるためにヨーグルトを食べるように、工場にも状態を整えるための「ツール」が必要です。

弊社の油分解事業では、油の分解に特化した微生物を活用することで、この排水処理設備の機能を正常化するというソリューションを提供しています。

—— 油は分解が難しいのでしょうか。

はい、油は分解自体が難しい物質です。さらに、その特性から油膜を張るため、排水処理を行う微生物への新鮮な酸素供給が妨げられます。結果として、排水処理機能に悪影響を及ぼしてしまうのです。油が川にそのまま流れてしまうことで、水面が虹色に光ってしまうことがありますよね。オイルタンカーの流出事故などと状況は異なりますが、環境へのダメージは一緒です。環境を汚さないための法定基準が定められていますが、その基準を健全に守りやすくするアプローチが弊社の技術です。

—— 貴社の技術で微生物を用いる以外では、通常どのように処理をされているのでしょうか。

食品工場から出る油には「純度の高い油と低い油」の2種類あります。純度の高い油はバイオディーゼルなど様々なシーンで活用出来ます。一方で純度の低い油というのは、他に活用のしようがないものです。機械を洗う時に水と一緒に出てくるような、濃度0.03%ほどの低濃度のものですね。排出して良い法定基準は濃度0.003%なので、処理する必要が生まれます。

家庭で料理する際、揚げ物に使った油は固めて可燃ゴミに捨てることが多いと思うのですが、皿洗いなどで排水に流れていく油ってどうしてもキャッチ出来ないですよね。

食品工場でも同じように、このような低濃度の油は分離が難しいという問題があります。この問題を解決するために、油にくっつくような分離しやすい素材を入れ、その素材ごと分離するという方式が採られています。しかし、その分離をする時にも水を多分に含んでいるため、焼却処分する際に石油燃料の補助燃剤が必要で、かなり“力技”で何とかしていることが現状です。

—— それを貴社の微生物を用いた技術により、クリーンに処理出来るわけですね。

“微生物が油を食べるとCO2と水に変えてくれるので、環境に良い”ということは、以前より言われていたのですが、実際にそれが普及するレベルの処理能力にはこれまで達していませんでした。各企業が毎日大量の油を排出する中で、その処理に十分に応えられている事業者は非常に少なく、マーケットの9割は先ほどお話したような物理的な処理方法を用いています。

—— 貴社の強みについて、より詳細にお聞かせいただけますでしょうか。

弊社の動植物油の分解は、平成18年から平成28年まで10年くらいかけて、国の補助金もいただきながら、民間企業との共同研究をコツコツ進めてきたものとなります。大学の研究を活かしたアカデミックなもので、微生物自体の能力が異なります。24時間時点での分解量を比べた時に10倍違ってくるようなイメージです。微生物同士の組み合わせによる相乗効果で非常に高い分解効率を実現出来ていて、イコール分解速度も早いということになります。

弊社の技術シーズは、名古屋大学の工学研究科から出ているものでして。微生物の研究というと、農学系や理学系の研究者が多かったりするのですが、微生物を工業利用するノウハウ=化学工学の研究に長けています。微生物のアプローチの方法も特許として成立しています。まとめると、1. 微生物自体が優秀であること、2. その効果を最大限発揮しやすい使い方をしっかりと設計できているという2点が強みです。

また、導入のしやすさについても良い評価をいただいています。他社の場合、排水処理機能を全て一新する必要があるので、工場の更新時期じゃないと導入が難しい場合が多いですが、弊社の場合は今使っている排水処理器にオプションとして装置と無生物を展開出来る仕組みになっています。これは微生物自体の能力が高いことに起因していて、ここが明確な差かなと考えています。

“微生物屋”として、微生物を使うという選択肢を増やしたい

—— 貴社のコア技術「バイオリアクター技術」はどのようなものですか。

「バイオリアクター技術」は、幅が広いんですね。基本は化学反応の集合体であり、その繰り返しが生物の反応となります。化学反応という点では薬と一緒なので、用法容量守って正しく使わないと微生物がきちんと作用しなくなります。

微生物の扱いにはしっかりとした知見が必要で、アカデミアの人間が論理立てて構築する必要があると考えています。弊社の強みは、取締役会長に名古屋大学大学院工学研究科の堀 克敏教授が就任しており、技術監修だけではなくて、事業に深く関わってもらっています。新しい技術の開発はもちろん、現場での適用という面においても専門家の立場からアドバイスを受けられる体制を整えています。

—— 油分解事業と受託研究事業の二軸を事業とされていますが、それぞれどのように動かれているのかも教えてください。

油分解事業に関しては、市場に出しても問題なく一定の需要を満たせるものになっており、現在は実導入を広げる動きをしています。もちろん、お客様とのコミュニケーションの中で生まれる改善点はあり、そういった課題に対しては昨年もADLでご支援いただきました。

受託研究事業に関しては、民間企業様の将来的な課題解決・新規事業開発に貢献するための研究になります。数年にわたって一緒に将来の事業を作っていくような立ち位置で協力させていただいています。

弊社は油分解のベンチャーでも排水処理のベンチャーでもなく、「微生物屋」です。微生物が軸なんですね。微生物が得意なことはいくつかありますが、大きく分けると「分解すること」と「作ること」になります。分解は、現在弊社が提供している産業廃棄物を減らす事業ですが、作る方で言うと、元々石油由来だった化学品をバイオの力で合成していくというアプローチもできるのです。現状規制があるわけではないのですが、近い将来、バイオ由来のものでないとEUの会社は取り扱わないだろうといった予想が立てられます。そういった社会情勢もふまえての先行投資的な研究を請け負っているのが受託研究事業です。

—— 海外でも微生物研究は進んでいるのでしょうか?

はい。世界的にも研究は進んでいます。微生物による合成(何かを作る)の分野では、アメリカで大規模なバイオ企業が成長しています。環境分野では、ドイツなどEUでの研究が盛んです。弊社は現状海外企業との取り組みはありませんが、堀教授もアメリカ、EU、中国等、様々な大学と連携して論文を出しながら、日頃からコミュニケーションをとっています。

これらの国と比べると、日本の微生物研究は少し劣っている部分もありますが、土壌として「発酵大国」であることが大きいです。微生物を用いた発酵食品が発展していますので、日本で微生物研究を行うメリットは多いにあると思っています。

—— この技術の社会実装により、私たちの生活がどのように良くなるか、貴社のビジョンをお聞かせください。

「微生物による分解」という手段が一般的になり、BtoCのビジネスが展開出来るようになれば、家庭内での生ごみの匂いの解決など、直接的な貢献の可能性もあると思います。今までは物理的な分解や化学的な反応しか選択肢がなかった中で、「微生物も結構使えるんだよ」という文化を根付かせ、新たな選択肢を作っていきたいなと考えています。

ニューヨークやイギリスの下水管で、「ファットバーグ」という問題があります。これはアイスバーグ(氷山)とファット(油)の造語なのですが、数百トンの油の塊が数100メートルに渡って散在していて、それを除去するのに年間数億ドルかかっているのです。油の処理というのは、私たちの生活上でも大切なことなんですね。日本の場合は皆さんがしっかりと家庭で油処理をしてくれているので、このファットバーグ問題のようなことはあまり無いかなとは考えていますが、油というのは人間がいる場所で発生するものなので、人口増加が著しい国での活用も今後期待出来るのではないかと思います。

微生物研究の前進には“ITの進化”が深く関係

—— 蟹江さんが微生物の研究に面白さを感じたきっかけを教えてください。

きっかけは宮崎駿さんの作品『風の谷のナウシカ』です。あれは菌の話なんですよね。人が汚した環境を菌の塊で綺麗にするという自然浄化の話で「微生物って面白いな」と思いました。微生物は“分解者”という名前で表現されることもあり、落ち葉が腐葉土になって、それをダンゴムシが食べて…という、『風の谷のナウシカ』の腐海に近いようなことも起きています。

何にでも紐づけられるのが、微生物の面白さですね。身近な話だと、人の体には100兆個の微生物がいて、どちらが主体か分からないという話があります。全然違う分野だと、放射線が発生するような場所でも微生物が進化しながら存在していて、それが再生医療や遺伝子的な治療薬として展開出来るのではないかとも言われています。これだけ面白い微生物ですが、皆さんあまりピンと来ないことも多いと思います。イベントで発表したり、取材の機会をいただいたりした際には、微生物の面白さを伝えていきたいです。

—— 今の時代だからこそ、感じられることはありますか。どのようなことが、バイオ業界のブレイクスルーに繋がったのでしょうか。

狙っていたわけではないのですが、すごく良いタイミングで事業展開をして、ご支援いただいて、今の時代だからこそ受け入れていただいているなと感じています。

バイオ業界のブレイクスルーには、基本的にはITの進化がベースにあると思います。微生物も、ビッグデータなんですね。味噌やお酒作りのように、元々は職人技であったところをデータとして解析出来るようになりましたよね。微生物を活用する環境自体も、変数がすごく多いのが特徴です。

特に大きかったのは、次世代シーケンサーの登場かと思います。微生物の遺伝子情報の開示がすごく安くできるようになりました。「ヒトゲノム計画」という人のゲノム情報を全て開けようと各国が色々取り組んでいたのですが、機械学習などITの情報処理が発達したことによって、15年かかると思われていたのに13年で目標が達成されました。現在では1日で1人分のゲノム解析が可能です。

微生物というものは、もともと目に見えないので数を増やす必要があります。微生物が育つ環境を作って、増えたら、物性や性質をようやくモニタリング出来るというわけです。これまでは増やせる微生物自体の少なさによる苦労があったのですが、今は1つの微生物から設計図をデータで抽出できるので、微生物を増やすことなく解析が出来ます。

さらに、2020年にノーベル賞をとった「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」というゲノム編集が出来るツールの誕生も、この業界の発展の大きな理由の一つです。従来すごく専門的な技術が必要だった微生物の遺伝子の切り貼りですが、今は学生実験でも可能になっています。

このように様々なアプローチが可能になったことでバイオの可能性が増え、時代ともマッチしていることでバイオベンチャーも増えているのかなというのが僕個人の感想です。

ADL参加のきっかけと、今後の展望 –
フレンドマイクローブが目指す次のチャレンジ

—— ADL参加の経緯を教えてください。当時の課題感はどんなことがありましたか。

しっかりマーケットにフィットするプロダクトを作っていきたいと考える上で、研究の支援や専門家の方を紹介いただけるサポートプログラムに非常に興味を持っていました。また、実際にお客様に使っていただいた上での課題、営業面での改善を目指す上でのアドバイスなどもご支援いただきたいと思い応募しました。

新しいことをやろうとすると否定的な意見もありますし、限られた資金では人の採用も難しくなりますよね。基本的にはこのように常に壁にぶち当たりながら、研究をしています。ただ、ありがたいことにADLのご支援のおかげで停滞しているということはありません。前に進んでいるが故に新しい課題が出来てくるので、勉強をさせていただきながら専門的な方に気軽に相談できる環境に助けられています。

相談相手との利害関係があると、アドバイスがどうしてもポジショントークになるのではないかと考えてしまうのですが、ADLの支援プログラムの中で紹介していただく専門家の方はフラットな立場で助言くださります。面白い視点をいただくことも多いですし、自分が考えていることに対して、専門家メンターから「そのベクトルは良いですね」と言っていただけたことで、自信を持って実行することができました。

—— 貴社の転換期はいつ頃だと感じられていますか?

2023年の資金調達が一番の変化だと思います。何を実行するにも先立つものが必要な中、事業で売上を立てるには時間がかかるという状況でした。動植物油系のパートナー、機械油系のパートナー、ベンチャーを育てるプロというとてもありがたいバランスで4社からご出資いただきました。出来ることが増えると、明らかに状況も変わっていくなと感じたのが1回目の資金調達です。

—— 次のチャレンジ、貴社が描く未来像についてお聞かせください。

展開している油分解事業を、中小規模な工場や飲食店が入っている商業施設に適応出来るよう開発を進めています。ADLでご支援いただいた研究成果ベースで、「あいち環境イノベーションプロジェクト」にも採択いただきましたので、社会実装に向けての取り組みを進めています。愛知県は工業が盛んですので機械油の分解の需要も大きいと思います。油分解事業のしっかりと土台を作り、さらに発展させていきたいというのが足元の目標です。

ITが急速に発達した理由として、「プレイヤーが多かった」ということも挙げられると思っています。そして、なぜプレイヤーが多かったかというとパソコンがあればすぐに取り掛かれることにあるのではないかと。さすがにITレベルの話では無いのですが、微生物研究へのハードルを下げたいなと思っています。微生物の本格的な培養装置は数百万レベルの価格で、しかも納期も半年から1年かかってしまう現状があるのですが、装置等々を安価にすることでより敷居を低くして、たくさんの方が研究に取り組み、微生物の価値を多く感じていただけるような世界になると良いなと思います。さらに多くの微生物のプレイヤーたちと共に、「課題を解決する時の手段としての微生物」という選択肢を増やしたいです。

—— ADL関係者・本年度の採択者へのメッセージをお願いします。

スタートアップとは尖った技術を持ち、尖ったことをやっている人だと思っているのですが、尖っているだけではなかなか広がりづらい部分もあると思います。今回のプログラムのように色々な方からのサポートを受けることによって、尖った部分をさらに広げていくような形で事業を推進していくことが出来るのではないでしょうか。周りの方に遠慮なく頼って、頼られた側もしっかり応えていくという関係性が構築出来ればみんながハッピーだなと思います。